2007年03月02日

愛する新潟の魂の友へ

新潟の「ホリスティックビレッジ サンクチュアリ」さまにて、講座セッションを行ってきました。

2日間のタロットリーディング講座とリーディングを行ってきました。

でも、ぜんぜん疲れない。むしろ元気になっていく感じで、自分の頑丈さを感じてきました。

リーディングでは特に、クライアントさんとの気の交換がうまくできていたのだと思いますし、何より、ホメオパスの森本先生によるコーディネイトが快適だったからでしょう。

さて、森本先生はまたわたしにとって雲の上の方で、17年間のオーストラリア生活、英語でホメオパシーの仕事をされている、お子さん方もバイリンガル・・・・などなど、とっても羨ましい方なのです。

なので、どんな重鎮かと思いきや、爽やかな陽気さと日本女性の奥ゆかしさを持ち合わせたスラリとした知性派でした。
人に分け隔てをしないクリーンな印象の方です。都会的で、日本語も声もお綺麗で、清潔で暖かいんです。

森本先生は仕事の方で、その穏やかなお顔の下にはきっと計画や何やら練られていることでしょう。一緒にさせていただいて、先生の姿勢から、ほんとうにたくさんを学べました。

講義前の夜に新潟へ向かったのですが、小さいながら心地よいホテルで休み、翌朝は森本先生がお迎えに来てくださいました。

新潟は広いのでしょうね、平野が広がりあまり高い山がないので空が広く開放感があります。とても気持ちが良いし、暖かくてびっくりしました。
遥か向こうに山が広がり、先生が「地元に帰ってきたと感じる」という山は青く美しく、田中角栄氏の威光の賜物のとても立派な道路など、広々としていて気持ちの良いところなのです。

わたしは苦手な街も多いのですが、新潟にいる間は何の恐怖もなくいつも守られている感じがしました。きっと、空が広く海が広がっているからでしょう。
先生に「きれいですね」と伝えることもできない程に美しさを感じていました。

ホリスティックビレッジはこじんまりとしていながら暖かな空間で、お庭とトイレが特に気に入りました。
とても暖かく快適なトイレで、流石です。
本当に良いところはトイレが綺麗です。

実は、新潟に入ってからわたしのエネルギーが高まっていて、そのために、ホテルの方でも誰でもお会いする方々が優しく感じました。わたしはこの場所でタロットを教えることができるのです。なんて幸せなことでしょうか!
改めて、ご紹介くださったるしえるさん玲子さんに感謝しました。

実は、このところ、すっかり人間関係も変わり、自然の美しさを愛でることもお茶を飲むことも忘れていたのです。時間に追われるだけの毎日。
「人の心はお金で動く。」とのことは、大沼先生から何度も聞いてはいましたが、本当にそれを感じた毎日でした。
それなのに報われない気持ちが積み重なり生きる意欲もなくなっていました。情をかけてはいけない、やさしくなってはいけない、という毎日。わたしは多くを憎みました。

しかし、そんな最中、皆さんの真摯な姿勢にわたしは救われました。
皆さんの真実を知ろうという前向きな姿勢。
カードの読み方よりも、その奥の濃さをお伝えしたかったのです。

そして、何人かの方には「あなたを知っている」というお言葉をいただきました。わたしはきっと過去からの仲間に再会したのかもしれません。

新潟の霊性は深い。愛すべき場所となりました。
今でも、お一人お一人を思い返すと、愛が溢れてきます。

愛する気持ちが久しぶりに湧いてきたのです。

誰しも苦しい、救われたい。
けれど、どうしていいのかわからない。
でも、答えは本当は簡単だった・・・・。

あなた方は、どこまでも素晴らしい。
それが、3日間でわかりました。
それを見守っていけたらこんな幸せなことはありません。

「星」のような無限の愛をこめて・・・・


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2007年01月26日

プラハは闇で開く

ホテルは旧市街広場から歩いて3分の好立地のところ。3星くらいかな?
部屋は必要なもの以外何もなくて、バスタブもないのにはがっかりしました。寒いヨーロッパでバスタブがないのは堪えます。部屋もヒーターがあまり暖かくなくて、無機質な部屋は合宿所みたい。

コートに毛糸の帽子マフラー、カイロ、手袋と着込んで、旧市街広場へ。夜の10時は回ってたけど外のお祭り騒ぎに惹かれて出てきました。
旧市街には、中世の時計台、チェコの英雄バーツラフ像、ライトアップされたツリー、屋台が並んでます。皆、着込んで集ってます。

この広場を囲んで、お土産屋、ホテル、両替所が並ぶのだけど、どの建物も昔のままで、暗闇にそびえるティーン教会、時計台とマッチしていて美しく幻想的。ホビット荘の村祭りみたいだね。でも、刺激があまりになくて、期待していたクリスマスマーケットもやってなくて(この日は夜遅かっただけ)がっかり。

でも、屋台でソーセージを食べました。大きくて太くて外がカリカリで中は血がしたたるよう。レアってやつだけど、わたしの体が途中でこの生感に拒否しだして、最後のほうは残してしまった。すごく美味しいんだけど、この豚肉の生感がやばい感じがしたんです。

寒かったんで、早々に宿へ。寒くてシャワーをかなり浴びて着込んで寝ました。睡眠薬が効いていたのかよく寝ました。

翌朝5時頃に目が覚めたのかな?
準備してまだ夜状態の6時のプラハの街に朝のお散歩へ。はっきりいってまだ夜です。

でも、道には誰もいなくて、中世の夜の街に迷い込んだよう。ヴァンパイアハンターがロングコートを翻して、道を急いでいそうです。石畳や建物の天使や聖人であったり、蛇や鷲・・・そんな装飾から言葉が聞こえてきそう。

空も雲も月光も日本とはまったく違う。雲の動きが速く、月の光が差したり消えたり。

「今、この街とわたしが溶け合っている。この影は何なのだろう?この切なさは何なのだろう?」

人もいないのでゆっくりウィンドーショッピングもできるし、かと思うと、この時間の広場は鼠が走り回った中世を思わせます。現実に戻って、街中に張ってあるコンサートのお知らせもチェックしながらも、夢見心地で歩きます。

ヨーロッパの街は、確実にわたしの月の部分を刺激するのです。わたしの願望や幻像、夢、そんなものが浮かび上がってくるのです。日本での生活が社会的なものだとしたら、ヨーロッパでの時間は純粋に私的なもので、わたしは神経質で自己中心的になります。夢の中のようです。

トラムの中の死んだような目の青白い女の不吉さ、ゴミで散らかる石畳、教会の鐘の音・・・・すべてが象徴です。

星も月もまったく日本のものとは違い、異世界に迷い込んだようです。物凄い量の情報が飛び込んできて、路地の影には目を向けないようにします。

そして、歩くこと、ブルダヴァ河にかかる対岸の王宮へのカレル橋へ。

薄もやの中、街灯と数々の聖人像。悠々と流れる川、星空、王宮の光。その王宮岸の光は数ヶ月前に夢で連れてこられた光景でした。水に浮かぶ王宮の島に見えたものはここだったのです。モンサンミシェルとも違うとは思っていたのですが。

イエスや聖母マリア、その他の聖人と寄り添う天使たち。
橋の真ん中で、やっと来た・・・という思いが湧いてきます。「やっと帰ってきました」と、何故か王宮を目にして思いが湧き上がります。
遠かった、やっと・・・という思いがします。何かそういう存在に共感したのでしょうか。

プラハは明け切らぬ時間にその歴史と美を開いてくれる。

この街には、パリのような湿った暗重さはあまりなく、汚れていない気高い品があるのです。わたしにはそう感じるのです。わたしはパリには、地下道の湿気のような波動を感じるのです。生きることを辛くし、人々が美しく見えない都市なのです。

プラハは、わたしの幻像を写してくれるのです。
気高い高貴な王の気配が街を包み、その暖かさをどこかに感じるようなのです。どのヨーロッパの都市のように路地は汚れているけれど、ここはまだヨーロッパの美しさが残っているのです。カレル橋、ブルダヴァ河、王宮からの王の愛、そんなものを感じます。

                      つづく
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2007年01月12日

プラハ第1弾

プラハにはたくさんのヨーロッパの若者が遊びに来ていて(若者ばかりじゃないけど)
さすが、ヨーロッパ1,2を誇る美しい中世都市だけあります。
これだけ、綺麗に石畳で様々な様式の美しい建築物が美を競う街ってヨーロッパでもプラハが随一だと言われています。

チェコはじめ、ドイツ、フランス、イギリス、ロシア、イタリア、スウェーデンアメリカ、アイルランド・・・・までは言葉がわかったけど、あとはどの国なのか?
すーんごいヨーロッパの人々でプラハの街が溢れかえっていました。みんな、ヨーロッパ随一の美しさを誇る百塔の街にクリスマスホリデーで遊びに来てたんですね。

スラブの女の子のきれいなこと・・・・ちょっとキツめな美しさ。
今まで行ったヨーロッパの国では、やはり中欧の女性が一番綺麗だと思いました。ルーマニアにしてもチェコにしても。
フランスやイタリアにはあまり好みの綺麗さの子がいないです。

チビでパーツの小さな東洋人の自分でいることが悔やまれます。「わたしって彼らから見ると、小さい犬みたいなもの?」あーあんなに綺麗だったら楽しいだろうなー・・・・。整形が頭を過ぎります。しかし、骨格まではどうもできない・・・・。あーマイケル・ジャクソンの気持ちがわかるよー・・・。

男の子も今までの国の中ではピカ一でした。背が高く、ゲルマンが少し入っているようなちょっと厚ぼったい瞼が好きです。一番可愛いのが国民劇場でCD売ってた綺麗な男の子で、透き通るような白肌、ワンレンの金髪に、ぱっちりした透き通るようなヘーゼルの瞳。
「ああいう子を産めないのなら女として何の価値があろう?」って、反射的に思ってしまいました。すごく可愛くて綺麗な10代。
あとはマリオネット屋のお兄さん。20代後半くらいかな、これまたブラウンのワンレンで背が大きくて、つかず離れずの感じよさ。髪がちょっと長い(アラゴルンくらい)お兄さんに弱いです。

今回は、ルフトハンザのミュンヘン乗継でプラハに向かいました。
成田のラディソンホテルに前泊して、野菜たっぷり、果物たっぷりの朝食(ヨーロッパの冬は野菜不足になる)。そして、しっかり洗腸。ホテルには色んな国の人たちが宿泊してました。タイの女の子たちがスタイルがいいのにはびっくり。あと西洋人の方々が半そででホテル内を闊歩してるのにはびっくり。寒くないの?KLMのクルーたちも泊まってました。

今回は液体物持込制限があるので化粧品の準備は大変だったし、ペットボトルの水もEU内ではアウト。
ミュンヘン行きの飛行機は、2・4・2のシートピッチで、2のところに座らせていただいたので嬉しい。11時間のフライトは憂鬱だけど、フライト用クッションを利用するようになってからものすごく楽になった。あと、ドイツ人クルーが感じがよくて、笑顔に癒された。食事はさておき、ワインとジャーマンビアがおいしかった。機内でアルコールは飲まないようにしてたんだけど、初めて飲んでみて、楽しく酔えるんで良かった。パンはおいしくない、KLMのパンが好き。映画もたいして見たくないので、睡眠薬飲んでうつらうつら。睡眠薬飲んでも眠れない。足がだるい・・・・。水とオレンジジュースを飲みながらうつらうつら・・・・。ずっと座っているから胃腸の調子が気持ち悪い。

しかし、なんとかミュンヘン着。人があまりいない閑散とした寂しい印象。ヨーロッパって感じがします。セルフでお茶が飲めるマシンがところどころにあって有難くいただきました。プラハへはイタリアの小さい会社の航空機で。1時間のフライトでは寝てた。おやつに、クッキー、葡萄、ナッツがでたらしい。元気なヨーロッパ人に圧倒される長時間のフライトを終えた東洋人。ここから完全にヨーロッパの波動。

午後9時、プラハ着。荷物が出てくるまで、両替。
細かい小銭をリクエストしたら、係の若い女性に「NO!」と断られた。
覚悟はしていたものの、怖いよー。「何で必要なの?」と聞かれ、「チップとか小さいものを買うのに・・・。」
それでも、理由を言ったんで、怪しまれず、「こんなに細かくなくてもこのお金でタクシーに乗れるから」と説明されお金を渡される。
無事荷物も出てきたんで、出口へ行くと、旅行社に頼んでいたお迎えがいました。

通常、バスや鉄道で市内に向かうが、夜遅かったんで直ホテルに行きたくて奮発しました。タクシーの倍額はかかるが、プラハのぼったくりタクシーに乗って不快な思いをするより安い。
プラハのタクシーは世界一ぼったくりで有名だそうだが、ルーマニアと比べてどうなんだろう。わたしはルーマニアのほうがひどいと思うけど。

うらびれたやすっちい若者が来るのかと思っていたが、なかなか品のある金髪のかっこいい壮年男性。現地語しか話せないとか言うけど、英語も話してるしほっとする。「お嬢さんの荷物持ちますよ」と言ってくれるし、にこにこしててほっとしたー。車はスウェーデンのヴォルヴォ。北欧人の友達がヴォルヴォ持ってて乗ったことがあるので更にほっとする、見知ったものがあると人間はほっとする。路面は軽く凍り、車にも霜が降りている。
駐車料金払う機械がオートマでないのに驚いた。まだチェコはこのレベルか。

運転は快適で、車窓を楽しむ。男性に色々聞きたいが、どうしたものか?
郊外にちらほらアパートらしきものが見えてくる。ヨーロッパ調の建物や味気ないアパートやら。郊外の住宅地か。
「アパートですか?」と聞いたら、「そうです」という答えは返ってきたけれど、あまり触れたくない話題のよう。社会主義の時代の建物なのかも。スーパーマーケット、ガソリンスタンド、ケンタッキーフライドチキンなど郊外型店舗もちらほら。しかし街灯が少なく、この夜の風情もまたヨーロッパ。わたしにはヨーロッパはいつも眠っているように見えるんだけど。

すると「アーミーミニストリー(軍隊省)」と、誇らしげに教えてくれたのが今までの中では一番立派な建物。
ブカレストでも、軍人さんが「これが凱旋門」と、誇らしげに教えてくれたっけ。国の誇りは教える。すると夜の空に美しい尖塔が見えてきた。思わず声を出すと、「ティーン教会」と、これまた誇らしげ。旧市街、ユダヤ人街、パリ通り、となると元気になるガイド。プラハは幻想的で落書きも驚く程ほぼなくて、治安が良さそう!

街はクリスマスホリデー色で、若者が闊歩している。
雰囲気は、ストックホルムのように幻想的に感じる。

ストックホルムがわたしの初めてのヨーロッパの都市で、長いフライトでぐったりしたわたしを友人が迎えにきてくれていました。それは別世界で、ガス灯の街をプラチナブドンドの女の子が歩いているのが夢の世界のようでした。

つづく
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2006年12月12日

闇を見る旅

魂の闇に向き合う旅に行ってきました。
そこは、山奥にある龍の町。

実は、わたしは山が嫌いです。
ヨーロッパの山も日本の山も、たいてい見て近づくだけで、呼吸が苦しくなり、立ち去りたいパニック状態になります。

「本当の過去生は思い出したくもないもの」と言います。
山の中にいると、そういう思いになります。
山々を越え、その龍神の町に近づくにつれ、わたしは怒りと具合の悪さに襲われました。怒って抵抗をします。
パリ、ローマ、フィレンツエでのわたしもこうでした。
ともかく、それらの場所は気持ちが悪いのです。
フランスが、楽しい過去生の場所への旅だとしたら、今回の旅は重い過去生への旅でしょう。

高い山が聳え、霧がかかるその町が不気味でした。涙を流しながら吐き気に耐えます。重く停滞した空気です。

宿に着くと、ガイドの男性が待っていました。
お話を聞くと、龍神伝説を持つお家の方のようで、ご先祖は平泉から逃げてきた武士だということで、更に辿ると京都に繋がるようです。
「前世は京都にいたのだと思います。」とのこと。
この方とお話していると、具合も落ち着いてきました。この町には、奥州藤原氏の残党が多いとのことです。

さて、イニシエーションの地へ到着。
何の情報もなく来たので、誓約書を書かされ、道程の説明を聞き、多少驚きました。
繋ぎの作業着、長靴、ヘルメットといういでたちになり、ガイドの小柄な中年女性に誘われて出発です。

一体何の体験をしたかって?
洞窟内の探検です。
しかし、この探検は思った以上にハードで、暗くて狭い坑道を登ったり降りたりの連続なのです。足場の脆い岩場の中で、自分の体をねじって洞穴の中に押し込みます。
「こんなところ行けない」と言っても、ガイドさんは「必ずできる。」と、言って、「体を右にねじり、足を伸ばして。すると、岩に足がつくから」と、暗闇でアドバイスしてくれます。
また、四つんばいならまだしも、水の中を漕いだり、ほふく前進したり、「わたし小柄で良かった」と小ささに感謝。
大きい人、太った人、体の固い人、体力のない人は、洞窟内では苦労することでしょう。わたしの体は、ありえない体制になり、「毎日、ヨガやっといて良かった」と、思うほど柔軟性に感謝しました。

進めば進むほど、感覚は研ぎ澄まされ、わたしには生命力が溢れてきました。久しぶりにとても幸せで、闇の中で、自分の体のしなやかさ若々しさを感じていました。闇の中で、わたしは自分の生命力の輝きを見つめたのです。

また、坑道や地下道の中を這いつくばって、地上の光を求め苦しむ夢をよく見ます。狭いところで死んだ、という恐れがずっとあり、「この体験によって、わたしの過去の苦しさは解放される。」と、嬉しく思いながら進みました。

「わたしを支えてくれるのはほかならぬ私しかいない。」
悪路を進むには、自分が頼りなのです。ガイドとは、励ましはするけれど、手は出さないものなのです。

10年来、毎日、ヨガを続けていること、食事をコントロールしていること、体内浄化を行っていることなど、日ごろ、メンテナンスを行っていることも暗闇の中で大きな励みとなりました。
1時間ほどで探検終了。体は泥だらけ、切り傷だらけ。でも、清々しい。

このところ、被差別部落のことが話題ですが、わたしは、大きなダムやトンネル工事で亡くなった方々、社会の底辺にいる方々を思うと、自分のことのように文字通り胸が痛みます。穴を掘ったり、逃げようとする記憶があるのです。それが癒されたようでした。

暗闇はわたしにとっては切っても切り離せないもの。
「悪魔的でいや!」とかそういうものではないのです。
光があれば闇はあるののです。ステージでスポットライトを浴びる人がいれば、奈落で汗を流す黒子がいるのです。
光の存在、天使ばかりがちやほやされているけれど、影のお仕事をしている人もいるのです。それは、西洋でいえば、キリスト教が入ったことで虐げられた女神崇拝の原始教かもしれません。
表舞台の影には、大きな犠牲や流れた汗や血があるのです。

そのことを知る者が、ある知恵に到達できるのだと思うのです。
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2006年10月22日

ヨーロッパが怖い

ヨーロッパの小さな村や町が怖いです。
そういうところに行ったり、列車や車で通るだけで、息苦しくてパニックになります。海だったらいいんだけど、山だとだめ。
「助けてー!」って気持ちになるんです。

日本でも、山はけっこう怖いです。
といっても、日本の海と松っていうコントラストも気持ち悪いけど。

ヨーロッパの田舎の濃密さが気持ち悪いよー

************************

昨夜も夢で、金髪の西洋人男性に助けを求める夢を見ました。

場所はヨーロッパのホテル。ルーマニア?
「盗難に注意するように」と、色々と注意をしてくれた彼は人はよさそうだけど、愛想の悪そうなホテルマン。

彼に心惹かれたわたしは、この彼を探すべく、奔走する夢です。
しかし、夢から覚めそう・・・
ここからは夢をコントロールするしかない!
わたしは、眠りから覚めないように夢を書き換えました。
そして、初めてうまくいきました!

続きは・・・

数年後、その彼が、出世してあるホテルの支配人になっていて、わたしはオペラ歌手になっていました。わたしは、そのホテルに宿泊した時、フロント女性に事情を話し、彼に会えるよう取り計らってもらうという内容。

しかし、ここで終わった!実際には会えなかった・・・
おしい・・・

夢はいつもこんなパターン。
全てを受け入れてくれそうな存在に会うものの、あと一歩で醒めるのです。
でも、これでいいのかな、じゃなかったら、わたしずっと目覚めないでいるかも。
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2006年10月15日

吊るし

「吊るし」がよく出る。今のわたしの八方塞、引きこもり状態?パワーを流していない。これが出るときは、休息が必要だったり、マッサージ、整体も必要。でも、これがいつも出る人はね、「もっと外へ行け」ってこと。
今の社会、「吊るし」人間が多いことだろう。
「やりたいけどね」「行きたいんだけどね」っていう人は、「吊るし」人間。わたしもこのところ、そうかも。
posted by マリエル at 23:47| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年10月11日

悲しい夢

立て続けに悲しい夢を見ます。この意味は?

過去  現在  未来
吊るし 審判R 戦車
    太陽

「わたしは孤独で、仲間もいない」っていう思いが、「吊るし」の口をつぐんで引きこもっている様子から伺えます。「審判」Rも、「仲間の助けがない」っていう現状です。解決としては、外で遊ぶこと、それに、そのうち友達から誘いがくること。未来は、「戦車」なんで、またバリバリ躍進していくことでしょう。運勢がぐっと上がります。
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2006年10月10日

わたしにとっての北欧とは

北の国とは切っても切れない縁があります。わたしにとっての北の国をリーディングしてみました。

過去    現在    未来
太陽R   法王R   恋人
神の家   斎王   運命の輪

まず、わたしは過去で北欧における大きなチャンスを逃したようです。せっかく、真の愛、精神的パートナー出会い結婚まででき、子供をもうける場所であったのに、そのチャンスを逃しています。
何故か?それは、わたしが安定を壊したかったからです。「斎王」であるわたしは、しみじみとその別れを見つめています。そして、北欧における「家」を夢見ています。

今後、大事なことはその心象風景を何らかの形で書いていくこと。そんなこともあって、わたしは北欧を舞台に書き散らしているのでしょう。すると、運命の輪が回り始めます。チャンスは逃してもまた巡ってくるのです。運命の輪を回すのは誰?カードを一枚引くと、「審判」のカードが出ました。運命の輪を回すのは大天使です。

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2006年10月09日

個人主義者の聖霊

わたしは個人主義なので、人に対してお節介を焼かないし、人が多く集まる場所へ行くのが気が進まない。フランクだけど、友達はあまりいない。仲間づくりが億劫。クラブ活動やサークル活動も興味なし。学生時代も、コンパ経験なし。大学時代に友達が一人もいなかったし、講義だけ受けて、教授とも事務的なことしか話さなかった。人付き合いが面倒でねー。自分が最も向いていない職業は、教師とサービス業。人の面倒をみたりお世話をすることに興味がないのだ。はっきり言って、母親になりたいとか植物を育てるとかという意識がない。自分のペースを乱すものが全て面倒なのだろう。

カモワンタロットで言うと、こういう性質は、「法王」「斎王」「隠者」「吊るし」の性質。外界と関わりを持ちたくない聖霊。自己の世界に没頭していればそれでいいのだ。そういう人が向いている職業は、研究者など自分の興味を追及するもの。

逆に、人にお節介を焼きたいのは、「月」「節制」「恋人」「太陽」かな。占星術で言う、「蟹座」意識かな。魔術研究家、占星術師などで名を成されている方々には、「法王」「斎王」「隠者」「吊るし」のカードをお持ちの方が多いようです。
posted by マリエル at 22:09| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年10月08日

ヨーロッパに何かがあるからタロットと出会った

マルセイユは、カモワンタロットの発祥の地でもあり、わたしに関わりのある地でもある。占星術的にいうと、天王星のラインが走る土地なのだ。こういう土地では、生き方を変えるような出来事があって、今までのものを捨てたくなるのだそうだ。世界規模で見て、やはりマルセイユは意味深い土地で、自分でそれを無意識に知って、カモワンタロットを選んでいたのだろう。

「仏蘭西紀行」というブログで、一昨年の南仏への旅を綴っているので読んでいただきたい。連載も60回を超えた。カモワンタロットと深く関わる旅、かつての同志たちとの生まれ変わっての出会いがあり、大変サポートしていただけた旅であった。
http://mariecara.exblog.jp/

フランスイタリア、ドイツ、イギリス、ベルギー、ルクセンブルグ、スペイン・・・・とにかく西欧は、わたしと深く関わっているらしく、多くの星の支配が集まっている地域だ。そのあたりに、無意識に出かけているのは我ながらすごいと思う。

実際に旅したことがあるのは、フランスとイタリア。飛行機の乗り換えであれば、ロンドン、アムステルダム。
絶対、今後、行くであろう地は、イギリスとスペイン。わたしは、イギリスは絶対に行きたくない土地であった。その意味が、星の意味を読むことでわかった。冥王星ラインが通っているのだ。

この冥王星ラインは強烈。近づくだけで重い、ってだけあって、わたしは嫌な体験をした。
それは、初めてのフランス。ブルターニュへのドライブ。ここで、すごい嫌な感情を抱き、「わたしは死ぬ。日本に帰らずここで死ぬ」って、パニックに。するとなんと、そこは冥王星ラインを横切る形のドライブだったのだ。「なるほど、こういうことだったのか」と、意味がわかったのはここ最近のこと。ちゃんと覚悟して行けば良かったのだが、ルンルン気分で行ったから打ち砕かれた。

しかし、冥王星の土地って、行かずにはいられない土地。
イギリスは、冥王星が走ってて、しかもばっちり当たるのが、魔法都市グラスゴー。
「この地ではあなたは魔術的になり、人々に影響を与えます。」
つまり、グルとかになる感じ。または、創作活動に良いのだとか。
この間、グラスゴーの風景をネットで見て驚いた。夢で行ったグラスゴーだったからだ。
「イギリスに行くと、マリエルさんの魂の仲間がいてね、魔法を一緒に始めるようになる。」霊感のある友人にこう言われてきたのだ。
「自分の半身に会う」とまでも。「今までの生き方が変わり、日本へはもう帰ってこれなくなる。」

イタリアは、成功する太陽ラインが、国を縦断している。ここでは執筆などで名をなすようだ。
また、中国、オーストラリア、バリのあたりも仕事には大吉のようなんだけど、まだ今は行きたくない。老後でいいって感じ。今は、ヨーロッパでのカルマ解決かな。
posted by マリエル at 17:36| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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